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ピアノなんでもコラムPiano Column

「ピアノはなぜ黒いのか」の著書でお馴染みのスーパーピアノアドバイザー斉藤信哉さんによる連載コラムです。

ピアノと電子ピアノの違いは?

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国内の新品ピアノ販売台数がピークを迎えたのは、昭和55年(1980年)のことで、台数は年間30万台を超えていました。

ところが、その年を境に年々約10%づつ下がり続け、現在では約1万6千台にまで下がっています。

販売台数が下がり始めた同じ時期に、重い・音が大きい・価格が高いというピアノの欠点をクリアした画期的な商品としてヤマハが市場に送り込んだのが、電子ピアノ「クラビノーバ」でした。

発売当初、ヤマハはピアノとは一線を画するためか、TVコマーシャルに俳優の林隆三さんを起用し、あくまでも趣味路線を強調していました。

ところがその後、1985年のショパン国際ピアノコンクールで優勝したスタニスラフ・ブーニンをコマーシャルに起用することにより、状況は一転しました。

NHKの特集番組でブーニンが「100年に一人の逸材」などと報じたこともきっかけとなり、日本では「ブーニン・フィーバー」といわれる現象を巻き起こしました。

その彼をヤマハはクラビノーバのTVコマーシャルに起用したのですから、電子ピアノに対する市場の受け取り方は大きく変わりました。

「電子ピアノは、ピアノの代用になる」。

このイメージを、しっかりと市場に植えつけてしまったのです。

これをきっかけに、それまではピアノづくりにはまったく無縁であったローランドやカシオ、パナソニックなどの電子楽器メーカー・電気製品メーカーまでが次々に電子ピアノ市場に参入し、今では「電子ピアノ=ピアノの代用品」としての地位を築き上げ、販売台数ではピアノをはるかに凌いでいます。

では、電子ピアノは本当にピアノの代用になるのでしょうか?
本当のところ、何がどう違うのでしょう?

電子ピアノ=『毛筆を習いに行って、家ではマジックで練習するようなもの』

電子ピアノが普及し始めたころ、あるピアノの先生から、「楽器店は、なぜあんなもの(電子ピアノ)を売るのですか?」と、きつく抗議されたことがあります。

そこで、先生に質問してみました。

「では先生は、ピアノと電子ピアノとの違いを、どのようにお弟子さんに説明されているのでしょうか?」

「それは表現力がまったく違うと説明するのですが…」

ですが…と、先生は言葉の最後を曇らせていました。
お弟子さんに説明しても伝わらないことに苛立っていたのです。

「表現力」という言葉。

これではあまりにも抽象的でお弟子さんには伝わらないし、ましてピアノを習ったことのないご両親であれば、ますます伝わらないはずです。

そこで考えてみました。

電子ピアノ=『毛筆を習いに行って、家ではマジックで練習するようなもの』

筆ならば、力の入れ具合で、太くも細くも、濃くも薄くも、力強くも繊細にも、さまざまな字を書くことができますし、上手、下手の差が明白に出ますね。

でもマジックでは細かな表現はできませんが、誰もが簡単に同じ太さの字を書くことができます。

筆との違いは誰でも理解できますよね。

ところが、ピアノと電子ピアノとでは、とりわけピアノを弾かない人にとっては、音で判断するしかありません。

聞いてみても、印象では両者で音はあまり変わらない。ならば安くて手軽な電子ピアノでいいじゃないか、と、なるわけです。
文字や絵画と違い、音は目で見えませんから、ここが問題なのですね。

見えないものを説明するのには、例え話がいちばんだと思いますので、最近ではこのようにも説明しています。

電子ピアノ=『生花を習って、家では造花で練習するようなもの』

これだと更に理解しやすいのではないでしょうか。
生の花は、水切りをしたり、花びらが落ちたりしないように優しく扱いますよね。
その生きている花を扱う過程に、生花の真髄がある気がします。

ところが造花だと、水切りなどという花を生かし続ける努力など一切無用。
少々乱暴に扱っても壊れることはありませんから、ただ形を整えることだけが目的になってしまうはず。
もちろん、そこからは花を優しく扱う心は芽生えるはずはありません。